
意外とある近道をまだ知らない
自転車で走ってると、前に小さな女の子と手を繋ぐお母さんが2人で歩いていました。ここはゆっくりと避けながら追い越して先を急いでいたのですが、信号で止まり、踏切で止まりと時間はけっこう流れたと思います。
そして、また赤信号。そこに小さな女の子と手を繋ぐお母さん。
あれ、どっかで見たような親子だな・・デジャブ?そんなわけがないかと・・・。
ふと思い出したのが、さっき追い越した親子じゃないかな、違うかな、やっぱりそうだ。
え~何処からワープしてきたんだろう?こっちはけっこう自転車走らせてるのに・・・。同じ地点で信号待ちをしているのです。女の子は元気にはしゃいでるけど2人の歩くスピードはとてもゆっくりなはずです。
ち、近道があったのか~!と周りの小道をキョロキョロ。どれだろう。帰りはこの辺から曲がってみようと青になった信号を渡りながらもキョロキョロ。
知ってれば早く辿り着ける。知らなければ時間がかかる。
当たり前のことなんですが、必要に迫られなければ知ろうとしないことも多いものです。新しく何かを知るということは面白く喜びにもなります。
知ってれば一瞬で片付くことも知らないがゆえに、あ~でもない。こ~でもない。と探してるのです。だけどそんな時間も楽しめればいい時間に置きかえることもできますが。
あの親子に出会わなければ、たぶんしばらく近道の存在を知らないままだったことでしょう。「近道あるよ」って教えてもらった感じです。
身の回りのこと、
実は知らないだけで、「もっと近道あるよ!」
ということがけっこうあるのでないでしょうか。
ちょっと探してみたら見つかるかも知れないです。
先人たちは思考錯誤しながら努力と粘りと根性でやっと辿り着いたその道を後から来る人の為に最短距離を示してくれます。
ありがたく便利で快適なその最短距離を歩く時も、また自分で近道を探す時も、
遠回りなようで実は近道だったというような時も、近道だと思ったが通れなかった時も、楽しんで今日も何処かの道の上を進んでゆきたいものです。
近道を探して見つかれば、時間が増えます。
そしてまた違うことにチャレンジです。
使える素敵な時間を。


